午前5時30分。
日本の夏の早朝特有の、すでにうっすらと湿気を帯びた空気を突いて、私はひとり近所の銭湯へと車を走らせる。
背後に残してきた寝室では、妻と幼い息子が夏バテ知らずの豪快なイビキを響かせている。
ガラリと暖簾をくぐると、すでに先客が数名湯船に浸っており私もそこに混じった。
肩まで浸かった瞬間、思わず「はぁぁ……」と身体の奥底から生々しい吐息が漏れた。
家を抜け出してたどり着くこの早朝の銭湯こそ、私が一日の中で唯一、「ただの自分」に戻り、一人きりで思考の海に沈むことができる聖域だ。
国境を越えた賑やかすぎる家族と暮らす中で、銭湯の深い湯船と天井へ昇る湯気は、息継ぎのための貴重な酸素に他ならない。
日本の夏が来ると、妻の故郷・フィリピンで暮らしていた頃の記憶が否応なしに鮮明になる。
あの常夏の国での生活で何が一番きつかったかと問われれば、私は迷わず「温かい風呂に入れないこと」と答える。水桶から冷水をかぶる毎日は、温もりを愛する日本人の身体には地味な修行に近いものがあった。
だが、彼らにとって照り返す暑さも雨も、苦でも何でもなかった。
今でも忘れられない光景がある。
ある蒸し暑い午後、トタン屋根を激しく叩くスコールが降り出した途端、妻の兄弟たちが歓声を上げて庭へ飛び出していったのだ。
「最高だ、天然のシャワーだぞ!」
と叫びながら、頭にシャンプーを泡立て、豪雨の中で全身を洗い出したのである。土砂降りの中で裸になって爆笑しながら身体を洗う彼らの姿に、私はカルチャーショックを通り越して狂気すら覚えたものだ。
しかし同時に、その逞しさと圧倒的な陽気さに、私のちっぽけで窮屈な常識が爽快に吹き飛ばされた瞬間でもあった。
「目の前にある環境を全力で楽しむ」という彼らの野生的なポジティブさは、冷水に震えていた私の目にどこまでも眩しく映った。
湯船の縁に頭をあずけ、銭湯の年季の入った天井をぼんやりと眺める。
蒸し暑い日本の夏に浸かるこの至福の時間と、あのスコールの中で爆笑していた彼らの生々しいエネルギーは、どこか深くで繋がっている気がする。
風呂を上がり、まだ人気の少ない国道を抜けて自宅のドアを開けた瞬間、
さっそく熱気混じりの賑やかなビサヤ語が飛んできた。
私の「孤独な聖域」は終わり、愛すべき狂乱の一日がまた始まる。

